ヒトスキズキな話

継続は力なりをモットーに続けている雑記ブログ。一応現在シーズン2的な扱いである。

昔に戻りたいですか??

こんばんは。

 

最近眠りが浅いからか、よく昔の夢を見ることがあります。

 

とは言っても、夢の中で起きていることというのは、そのほとんどが、実際に経験したことのないことだったりしますが。

 

そういう夢を見ると、昔の自分の小さい頃や、学生時代にあった「後悔」を呼び起こされたりしませんか?

 

いわゆる、黒歴史というやつです。

 

 

昔の自分を思い返して、「あの時こうしていれば、ああいう風な考え方でいれば、こういう選択をしていれば……」

 

思い返せば尽きることがないですよね。

 

f:id:jumping2019:20200827211452p:plain

 

私も、こういう思考の先の結論が無意味なことだとは分かっていても、たまに考えてしまうことがあります。

 

ですが、「あの時こうしていれば…」という風に思うのは、その後自分がそれに対する解決策や経験を、実際に積んできたから思えることであって、昔の自分には、何をどうやってもそれを実行することはできないのだとも感じています。

 

なので、私はそういう昔の事に関しては「あれが、あの時の最善だったのだ」と思うようにしています。

 

実際そうですし、もしそれが間違った選択であったとしても、”今はそれを理解している” という事実も同時に存在しているのです。

 

逆に言えば、「昔にそういう選択をしていなかったら、今の理解はない」ということであり、「昔の自分が今の自分を作っている」という話も納得できてしまうことになる訳ですね。

 

 

その話に関連することで、よく「昔に戻れるとしたらどうしたい?」という、空想の例え話をすることがあります。

 

私としましては、それは、”今の記憶や経験を引き継いで戻れるものなのか” ”本当に昔と同じ状況の自分でやり直すのか” によって、ニュアンスが変わってくるように思います。

 

 

今の自分を引き継いで戻れるのだとしたら、正直ちょっと戻ってみたい、という気持ちもありますが、同時に怖いとも感じます。

 

確かに、昔に戻れたとしたら、以前通ってきた人生の選択を、もっと良い方へ選べる可能性はあると思います。

 

ですが、改めてした選択が果たして「以前より良い選択」だと、なぜ分かるのでしょうか。

 

もしかしたらその選択は、私が一度目に辿ってきたものよりも、もっと状況の悪いものかもしれないというのに。

 

そう結局のところ、”自分が選んできた人生が最善だったか最悪だったかなんて、自分も他人も、絶対に分からない、知ることのない話” だからです。

 

そういう意味で言えば、別に自分を引き継いでいたとしても、戻りたいと強くは思わないかな…といった感じです。

 

 

また、今の記憶や経験は無しに、昔のままの自分をやり直すというものもありますが、今の自分の記憶を無くして昔をやり直す…

 

それって結局、今現在の自分の人生ではないですよね。

 

いっぺん死んで、生まれ変わったのと何ら変わりません。

 

なので、それ以上でもそれ以下でもなく、同時に、コメントするようなこともない、といったところです。

 

 

そういう風に考えてみると、「後悔」というのが如何に「無意味」なものかと思い知らされます。

 

まぁこの辺りは、人によって意見が様々あると思うので、あくまでも一個人としての感想ではあります。

 

結局、過去の自分が辿ってきたものが、「良かったのか、悪かったのか」今も昔も分からないという訳です。

 

とすれば、あとは自分ができることは、”今と未来に目を向けること” と、”昔の自分の行動を、自分自身がどのように感じていくのか” ということですね。

 

「どう感じるか」ではありません、「どう感じていくか」です。

 

昔の自分がどうだったかなんて、「良かった、悪かった」と思ったり言ったりするのは、最終的には自分自身だということです。

 

したがって、昔の自分がしてきたことが良いか悪いかは、自分で決めるしかないというのが私の考えです。

 

「昔こうしていればよかった」と思う時というのは、そのことを忘れているだけなのかもしれませんね。

 

 

そう考えると、本来黒歴史なんてものは、初めから無いのかもしれません。

 

思いを巡らせていて、そう感じました。