ヒトスキズキな話

継続は力なりをモットーに続けている雑記ブログ。一応現在シーズン2的な扱いである。

社内の交流など

こんばんは。

 

最近の傾向で、職場の上司から「今日飯でも食いにいくか」と誘われた時、それが会社的な拘束になるのかどうかという話があります。

 

昔は、上司に誘われたら付き合うのが当たり前、部下からも上司を誘う、などということがあったようですが、最近の若者達の間ではこの流れはナンセンスのようです。

 

昔と言われる上記のような流れと、今の「それって残業代付くんですか?」という話になりかねない時代との境目に社会に出始めた私としましては、やや板挟みになっているような気がしないでもないです(笑)

 

私自身の気持ちとしては後者寄りです。

 

これは社会というものがどういうものか、ということをどのように教えられ、どのように自分がそれを解釈したかによって私と同世代の人は結構意見分かれるように思います。

 

その会社の上司が、何を思ってその人を誘うのかという事情によっても変わってくるでしょうし。

 

しかしあくまで個人の意見ですが、上司と飲みにいく、会社で飲み会を立ち上げる、交流会を行う様手配する、といった下っぱの積極的な行動というのは、本当にその人がやり方が分からなくて行動に移せないという場合を除き、行わないのはやりたくないからというこの一点に尽きると思います。

 

更に言えばそういった行動を起こすのはその人の自由だと考えます。

 

なぜなら、本当にその上司が慕われている、もしくは尊敬される上司ならば自然とそういう風に動きたくなるものだと思いますし、本当にその会社の雰囲気や社内の空気が良いなら皆自然に参加したくなるものだと思うからです。

 

よく誘いを待っている雰囲気を出す上司がいたりしますが、誘われないというのは、つまりそういうことなんだということです。

 

それを、一昔前のように絶対にそれに付き従わなくてはならない、というような概念を植え付ける社風は、正直今の時代には合っていないのだと感じています。

 

もちろん上司と飲みにいって話をしたり、社内で飲み会を行うこと自体は悪いことではないです。

 

そうすることで普段仕事をしているだけでは見えないその人の考えや思いが分かりますし、お互いに誤解していることも分かり合えたりすることだってあります。

 

ですが基本オフの時間はその人個人のものです。

 

どんな人でも誘うのはいいとしても、深追いは禁物だと思います。

 

挙句の果てに断られたからといってその人が不快になる捨て台詞なんてもっての外です。

 

上司だろうが部下だろうが同僚だろうが、同じ人間でそれぞれが個人です。

 

それを忘れてはいけないのだと最近しみじみ感じております。